(第1回を読む)
(第2回を読む)
アフリカと日本(影山)
ビジネスマインドをもった現地の人たちが増えつつあるのですね。
では、日本企業にとって、アフリカでのビジネス・チャンスはありそうですか。
(小暮)
あると思います。
これは今回、タンザニア滞在中の話ですが、高校生に英語で突然話しかけられて、
「日本は広島と長崎に原爆を落とされた国なのに、なぜ核に反対しないの?」
と聞かれたことがありました。
そして、「将来は日本に留学したい」と言っている。
「なぜ?ハーバードとかじゃないの?」と聞くと、「車を作っているのは日本でしょ。
これからは技術の時代」と答えていました。
日本には多くの機会があると感じました。
自動車だけでなく、太陽光発電などもそうですね。アフリカは技術を求めています。
援助という形だけではなく、ビジネスとしての投資が必要なタイミング、そしてそれが十分ペイするようなタイミングになってきていると思います。
日本企業には、ビジネスを通じた国際貢献ができるチャンスがあります。
中国は天然資源があるところとアライアンスを組もうとする傾向があるように思います。
日本の場合、天然資源が豊富とは言えないなか、経済成長を遂げてきたこれまでの経験値があるわけで、そういう意味でも、アフリカの中でも天然資源に恵まれているわけではない国々は日本を求めているし、日本にとってのいいパートナーにも育っていく可能性があると思います。
例えばタンザニアは今、経済成長し、消費社会になりつつあります。
ですが、ここでもやはり、ゴミを処理する社会インフラが着いていっていないので、町中にゴミがあふれるという状況になってしまっています。
こうした領域でも、日本が持っている技術や考え方を伝えていくことで、力になれることが多々あると思います。
自動車製造・修理の技術を持っている中高年の方がその経験を教え、感謝されたら、日本の人たちも元気になるのではないでしょうか。
現地で工場を持ってもいいでしょうし、人材を日本に連れてきて教育してもいい。
日本に親しみをもっている人たちがここには確かにいるのですから。
哀れみのレンズで見ようとすると見えない現実(影山)
なるほど。いろいろな可能性がありますね。
ただ現状がそういう状況になっていないとすると、なぜなのでしょうね。
道路や職業訓練、ゴミ処理システム等に資本が流れない現実があるというお話でした。
その背景には、投資に際してのアカウンタビリティ(投資資金の行方の見えやすさ)や生産性への不安があったりするということでしょうか。
(小暮)
現実にはずい分と変わってきていると思いますが、先ほども触れたように、多分にイメージの問題があるのだと思います。
現地の人の中には、メディアが取り上げる難民や内戦ばかりのアフリカ像に不満を持っている人も多くいます。
これには、日本からみた場合の地理的な遠さという要素も関係しているように思います。
「かわいそうな国」といった哀れみのレンズで見てしまうと、見えないものがあるのではないかと思います。
だからこそ今後、ビジネスパーソンが現地を訪ねる状況をつくることが重要だと考えています。
ビジネスをやっている人と相談していると、サステイナブル(持続可能)な状況をつくるにはどうしたらいい?
という話になります。そういう目で物事を見られる人たちが増えてくれば、資本の流れも変わってくるのではと期待しています。
これは個人的なアイデアですが、来年、南アフリカでサッカーのワールドカップが開催されることに合わせてツアーを企画できないかと考えています。いろいろなビジネス関係者と、アフリカでビジネスの機会を探すツアーを、ですね。いま現地側でもその受け入れに向けての準備を進めてもらっています。
中長期的に事業を回していくための環境づくり(影山)
1年前に行ったときと今年行ったときと比べて何か変化はありましたか。
(小暮)
前回訪れたときは、もう少し感情的、個人的な感激を味わいました。
それと比べると今回は、もう少し冷静に見てくることができたのかなと感じています。
衣食住というベーシックニーズを満たしていく取り組みと同時に、その次のステージ、より自立的でサステイナブルな社会の仕組みをつくるという領域にも、挑戦の必要性と可能性とがあることを強く感じることができました。
(影山)
自分が知る限り、小暮さんは「小さい頃からアフリカや、海外援助に興味があって・・・」というタイプではないと思います。
でもこうした活動をするようになって今、小暮さんにとってアフリカとはどんな存在ですか。
(小暮)
その土地に降り立ってみて初めて分かる感覚があります。最初、アフリカの地に降り立ったとき「ここは合うな」と感じました。
例えば、つまらないことかもしれませんが、アフリカの人たちは、自分の名前(小暮真久)を正確に発音してくれます。
またよく言われることではありますが、「ここにはモノはないかもしれないけれど、モノではない何かがある」、そういう感覚を持つことも確かにあります。
TFTのいまの活動、それはそれでもちろん続けていきながら、その先に何があるのか。
これまでにもそのように聞かれることがありましたが、今回の旅を通じ、それが少し見えてきたように感じています。中長期的な自立に向けて、何ができるのか。
新しく見えてきたフィールドに、またわくわくしています。