[コレクティブな力]
デンマーク報告記(2) ~納得感と自己肯定感~
前回に続きまして、デンマーク報告を。
彼の国がしばしば「世界一幸せな国」として参照されること
前回のエントリでご紹介させていただきました。
それは一体どうしてなのでしょうか。
今回は、その問いへの自分なりの答え、
書かせていただければと思います。
それは、
「コレクティブな関係」が広範に成立している国だからではないかと。
このテーマを、ここから2回にわたって、考えてみたいと思います。
そもそも人はどのようなときに「幸福感」を感じるのでしょうか。
そこを体系的に語るには
自分、まだまだ力不足に過ぎるのですが
ひとつの視点としてあるように思うのは
生きる上で、「思うようにならない」と感じることが少ないこと。
誰しも生きていれば
納得できないこと、理不尽さを感じること、違和感を感じること、あると思います。
それを受けて人は、嘆くか、落ち込むか
その解消に向けて行動するのだと思いますが
実際にはなかなかそうはうまくいかないこと、多いのではないでしょうか。
なんで税金、こんなに高いんだろうとか
来月からの仕事、どうしようとか
朝の満員電車、ちょっとしゃれになってないとか
なんで上司って、こうも不愉快なんだろうとか
なんで大学3年の秋になると、みんな一斉に就職活動するんだろうとか
特にそれが、会社、政治、教育制度など
社会の仕組みに関わるようなことになってくると
「ああ、どうしようもない」と、
無力感さえ感じてしまうこと、あるのではないでしょうか。
例えばそうしたことは、
選挙の投票率などにも表れてくるように思います。
昨年9月の第45回衆議院議員総選挙の投票率は約69%
これは、前回、小泉政権時の「郵政民営化」選挙のとき(67.5%)を上回り
過去19年間で最も高い投票率となりました。
ですが、それでもまだ、約3分の1は票を投じていない計算になります。
また数年前、第41回、第43回の総選挙の際の投票率は
60%を下回ってしまっていました。
もちろん、規模も違いますし、単純な比較はできませんが
デンマークにおいては、
1953年、現行のデンマーク憲法が施行されて以来
過去21回の国政選挙において
その投票率が80%を下回ったことが一度もないそうです。
自分が投票したり、発言したり、何か行動を起こすことで
何かが(いい方向に)変わると思えるのであれば
人は動くことにとても前向きになれると思います。
一方、自分が何かしたところで・・・と感じてしまうと
その逆の方向に力が働きますね。
上記は、国政選挙を例に取りましたが
デンマークという国は
ひょっとしたら、政治においても、職場においても、
教育現場においても、日々の生活においても
自分が手を挙げたり、何か発言をしたりすれば
それを受け止めてくれる人や仕組みが存在し
話し合いを通じ、「納得感」のある答えにたどり着けるという構造が
類まれに成立している社会なのではないかと、感じたのです。
理不尽さや、違和感や、無力感の対極にある「納得感」。
そして、いざとなれば
自分の行動でシステムを変えることもできると感じられる「自己肯定感」。
これらが、彼の国の「幸福感」の背景にある
ひとつの重要なファクターなのではないかと思ったのです。
(つづく)
デンマーク報告記、第3回は、「話し合えばなんとかなる?」を予定しています。






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